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経済の半分はやさしさで出来ています

あけましておめでとうございます。
今年も七草粥美味しかったです。
セロリとかエシャロットとかが入っているやつじゃなくて、普通のやつ。

ふと、仮に国民全員がほんの少し優しくなったら、この国の金回りは2割増加するんじゃないか?というようなことを思い付いたのだった。
一応初めに言っておくが、自分は政治経済に関しては完全に素人である。素人だからこそ、こんな思い付きを簡単に衆目に晒せるのだろうけども。

ビートたけしなんかはスーパーマーケットの薄利多売が流行し出した頃から危惧していたらしいのだが、戦後の日本人は今も昔も安いものに飛びつき過ぎである。
もちろんスーパーマーケットでだけの話ではない。あらゆるモノを買う時にそうだし、サービス業全般にも言えることだ。

しかもそういった類の安物買いでタチが悪いのは、買う側自身が払った対価以上のものを過剰に要求しがちなことである。
個人的に、例えば客が500円の金を払って外食に行った時、ほとんどの客が1000円相当のサービスを対価として要求している印象がある。その辺は各々の感覚によって違いはあるだろうが、客が往々にして対価以上のサービスを店員に強要しているという事実には思い当たる部分が大いにあるのではないかと思われる。

ここでは比較的低所得者向けの外食産業を例として挙げたが、それは外食産業がこの種の客の横暴によって一番被害を受けているからだ。客の悪態が50年以上かけて常態化した結果、外食産業はいわゆるブラック企業の筆頭になった。自分も、これと境遇が似ている職種でアルバイトをしていたことがあったのだが、ほんのはした金程度で店員を所有した気分になっている客はほんとに多い。
働いた経験の無い学生までならともかく(もちろん殺意はちゃんと沸くが)、これを社会人にやられると「『もし自分が顧客からそんな扱いされたら』とかそういうこと思わないのかね?」と思わざるを得ない(逆に、いつも俺達は顧客からこんな扱い受けてるんだからお前らも耐えろ!と彼らは思うらしい)。

いわゆる「お客様は神様です」が誤った受け取られ方をしている件については今更言う気も起きないが、従業員も社会の一員なのである。店ではあなたに言われるがままにサービスを提供して差し上げる立場だから分かりにくいが、彼らにも生活はあるのだ。彼らを出来るだけ労っていたわってやれば、それは積もり積もって自分に帰ってくる。それは道徳上から見てのみそうなのではなくて、経済の観点から見てもそれはあてはまる。

こういうこと言うと、「あいつらは俺より立場が低くて力が無いのだから、そいつらを虐げて何が悪い?自由競争というのはそういうものだ」とか言い出す人もいるかもしれない。というか、社会人のおっさんのほとんどがこういう考えだろう。
そういうことを言う人間に限って、公共事業による景気刺激策に賛成したりする意味が分からない。大体、「公共事業で需要を生み出す」というのがどういう意味なのか考えてみると良い。インフラ整備だとかいうその他の理由を省いてしかも差別表現云々を抜きで彼ら流に分かりやすく言い直すと「ドカタの連中の金回りを促進させて経済を回す」と言っているのである。つまり、彼らから見たら「下々」に属する人間の生活の積み重ねで経済は成り立っているし、政府もそれを見越して策を練っているのである。経済の素人なのであまりよく知らんがそれでも「下々」の人間というのは数千万人いるわけで、決して無視はできない。それを手前勝手な理由で無視しているのである。


別に自分はいわゆる「下々」の人間をかばおうとしているわけではない。むしろ彼らが「下々」であるのは大抵の場合それ相応の理由があるからだと考えている種の人間である。
ただ、往々にして気に入らないことをする彼らが生きているからこそ、自分らも生きさせてもらっているのだ、という考えが無ければ、現実問題として立ちゆかないという話をしているのだ。金は天下の回りもの、社会とは様々な人が集まってできるもの、というのはそういうことなのである。
マルクスをこき下ろして資本主義による自由競争を標榜するからには、さすがにマックス・ウェーバーくらいは知ってるんだろう。資本主義が当時世界一の先進国だった中国で起こらず世界レベルの辺境である西欧でなぜ起きたか?資本主義を成立せしめている根本は奔放な欲望ではなく、天職を全うすることをよしとする道徳があったからである、と彼は言っている。下働きだろうが、経営者だろうが、己に課せられた天職は全うせねばならないのだ。

素人による乱暴な解釈で申し訳ないが、俗に「資本主義」と漠然と呼ばれるものの形はおそらく文化によって全然違う。なぜならそれが本能ではなく道徳によって成立しているからだ。なればこそ、道徳と経済は切っても切り離せない不道徳をひけらかすことが経済に通じている証と考えることは実に愚かである。


他者を考える心は、日本人固有の美徳とまでは言わないまでも、良くも悪くもおおよその日本人が持っているはずだ。それを粗暴にかなぐり捨てなければならない道理はどこにもない。経済を考える人間が金以外の尺度で人を労ってはいけないという決まりはどこにも存在しないのである。


ps:といった感じで、普段はツイッターの多重更新で済ませていたものをブログの記事として残せたらなーと思っている。今年からはもう少し更新頻度を上げたい。ツイッターに安住して、怠け過ぎである。
別に予防線を貼ってるわけではないが事実として、内容は主に素人による甘い考えが書かれるものかと思う。今までこういう形でまとまった文章書くのを渋っていたのはそれが嫌だったからというものある。
ともあれ、「まーたあいつはバカなこと抜かしてやがる」みたいな感じで生温かく見守ってくれれば幸いである。ましてや、こんな拙文が誰かの琴線に少しでも触れることができるのであれば、これほどうれしいことは無い。

全盛期だった頃に少しでも戻らなければ。

theme : 政治・経済・社会問題なんでも
genre : 政治・経済

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かうんたぁ
プロフィール

ごてぃ

Author:ごてぃ
茨城から都内の大学院に通う人
専門は中国近現代文学のはず
文章を書かせると人格が変わることに定評があるらしい
「誰だか知らないけど有名人っぽい」と意味不明な事を言われる
黄昏をこよなく愛する男。

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