スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

芸の有る無し

昔から自分の親父がつまらない芸人を見た時「あいつは芸が無いから嫌い」という言い方をしていた。
自分はつい最近まで「芸が無い」という意味がよくわかってなかったのだが、立川談志師匠の『現代落語論』を読んで「ああ、芸の有る無しってそういうことか」と自分なりに納得したのだった。

現代落語論 (三一新書 507)現代落語論 (三一新書 507)
(1965/12/10)
立川 談志

商品詳細を見る


↑だいぶ古い本だけど、今でも十分通じることが書いてある。

家元が言う所のものを自分なりに解釈すると、名人の落語には人を引き付ける話術その他諸々の芸があり、何度見ても飽きない、というようなことを言っており、要するに「芸が有る」というのは何度見ても面白い、かつ鍛錬によって得られるもののようだ。
注目したいのは、家元がそれに対して、漫才を「芸が無い」としている点である。
本書は第一次お笑いブーム(俗に演芸ブームと呼ばれる)の真っ只中に書かれた本であるものの、図らずもその後に続く漫才ブームに対する鋭い指摘となっている。
ただそういうのを差し引いても、漫才にはセンスしか必要とされず、芸というものが介在する余地が無い、という指摘は、現代にも十分通じる慧眼だと自分は思う。「芸が皆無である」と言い切るのはさすがに言い過ぎだと思うが、それでも漫才や現代のお笑いには、センスやら反射神経が要求されるのが大部分であるってのはおそらく正しい。

思うに、今のお笑いで一番問題なのは、「芸が無い」という言い回しが消えてしまったこと、つまり笑いの優劣を「芸の有る無し」で評価されなくなったことではないか。


ときに、ついこの前「SHOW-1グランプリ」という、障害者によるお笑い大会の番組がNHKで放映されると聞き、自分も見てみた。

結論から言うと、個人的にはまったく面白くなかった
健常者である自分が障害者のお笑いに対してそういう風に言ってしまうとものすごく咎められそうなのだが、そういう感覚が発生して押し黙ること自体が障害者に対する差別に他ならないと自分は考えるので、あえて正直に感想を書くことにする。
ちなみにあの番組では、ゲストのほぼ全員が気を遣いまくりで賞賛一辺倒のコメントを送っていたのだが、腫れ物に触るのがあまりにも度を過ぎたため、ハウス加賀谷が「馬鹿にしてんのか!?」とツッコむシーンがあった。個人的に、そのシーンがあの番組の全てを象徴していたと思う。


ではなぜ面白くなかったのか。自分なら「芸が無いから」の一言で済ませる。
障害者だから芸が無くても許されるというのは間違いだ。古くから盲目の琵琶法師が平家の興亡を歌う一大叙事詩で人々を魅了してきたし、障害持ちでも三味線などの芸で身を立てていくのが彼らの常だった(「大風吹けば桶屋が儲かる」の格言でもちゃんと語られている)。障害持ちでも、芸を身に付けて生きようとしてきた事実がそこにはある。

あの番組に出ていた彼らは、現在流行している健常者のお笑いと同じく、間と言葉の巧みさが要求される芸で勝負しようとしていた。
案の定全員が失敗していたが、自身が持つ能力と真剣に向き合って比べた場合、健常者でも難しいそれらの芸を選ぶのは、ハッキリ言って選択ミスだろう。芸に対する認識が甘いと言わざるを得ない。
「成功するか分からないけど自分はこの芸をやりたいからこれをやります!そして皆さん面白くなくても笑ってください!」では、ぽっちゃり系のレイヤーが痩せ型キャラのコスプレを無理に敢行して自己満足に浸るのと大差無い。そいつは痩せてそのキャラに近付く努力をするか、ぽっちゃり系のキャラを選んでコスプレするべきなのだ。最近はぽっちゃり系のキャラで人気が出ることはほとんど無くなったが、だからデブでも自由なコスプレが許されるという論理には当然ならない。

更に言うと、彼らの芸と相性の良いお笑いのジャンルは確実に存在する(個人的には例えばMr.ビーンやチャップリンなどのような無声劇なら充分やれると思うのだが)。流行には乗れずとも、いくらでもやりようはあるのではないか。


しかし、「芸が無い」という評価の仕方が存在しないと、健常者の芸はもちろん、彼らの芸を評価するのは非常に苦労する。評価基準がハッキリしないから(しててもあいつらは偽善の裏に隠すだろうけど)、障害者も流行ってはいるが自分の身の丈には合わない芸で勝負しようとするし、ゲストも腫れものを触るように褒めるしかないのだ。
逆に言うと、今流行しているお笑いというものがどれほどその場の勢いやセンスらしきものでうやむやに評価されてきたのか、そんな評価基準でどれだけの人間が残酷に切り捨られてきたか(もちろん芸人だけの話では無い)が、障害者に流行のお笑いをやらせることでこの上なく明確にむき出しとなったのだ、ということだろう。


お笑いはテレビだけでなくあらゆる場面で依然として強者であり、運よく時流の勝ち馬に乗った連中はどうせ反省なんぞしないのだろうけど、芸の有る無しについていい加減考え直す時期が来たのではないか。



ps:ちなみに今回、家元の文章を本文とはだいぶかけ離れた形で流用していることをここで断わっておく。
気になる方はぜひ『現代落語論』の実物を読んで欲しいと思う。

theme : お笑い番組
genre : お笑い

comment

Secret

かうんたぁ
プロフィール

ごてぃ

Author:ごてぃ
茨城から都内の大学院に通う人
専門は中国近現代文学のはず
文章を書かせると人格が変わることに定評があるらしい
「誰だか知らないけど有名人っぽい」と意味不明な事を言われる
黄昏をこよなく愛する男。

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
カレンダー
ブログ内検索
twitter(フォローは熱烈歓迎中)
直接の知人等
リンク等
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最近のトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。