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黄瀬やよいというキャラクターのリアリティ

五年前の自分に「お前、近い将来にプロ幼女になってるよ?」っていってもおそらく信じなかったと思われる。
実際まったく見向きもしてなかったくせに、気がついたら主にMXの再放送を利用してシリーズ全部視聴していたというのだから人生わからんものである。


さて、プリキュアシリーズも実に九年目となり、キュア悟空「とりあえず十年続けましょう!」という言葉が現実になりそうな勢いだ。
ともあれ、現在絶賛放映中なのはスマイルプリキュアである。

フレプリ辺りから徐々に知名度を増して、今や幼女だけでなく大きなお友達が群がるコンテンツとなったプリキュアシリーズだが、今作は歴代で見てもかなり強めのコメディ路線でしかも実際今のところは出来が良いとあって、話題に尽きない。

特に、五色プリキュアの黄色を担当するキャラであるキュアピースの注目度は、中の人ももちろんだが、プリキュアシリーズにおける黄色が代々スタッフに愛されるという伝統があるというのもあって、放映前から(主にまとめサイトの良くも悪くも過剰な)ものすごいものがあった。

実際、個人的には大したキャラクターだと思う。放映前から「ぴかぴかぴかりんジャンケンポン」とか一体どういう発想でそんなキャッチコピーをつけたんだ!?と度肝を抜かれたし、しかしよく考えたら子供も喜ぶし(意図しているか否かはともかくとして)日曜夕方の某他局番組との相乗作用もあるしで、「日曜日にジャンケンで何かする」というアイディア、これ考えた奴天才じゃね?とも思った。


キュアピースに変身する黄瀬やよいというキャラクターは、このように放映前から現在まで一貫して並々ならぬ注目を浴びた。歴代の黄色プリキュア達の例に漏れず、一挙一動に対していちいち「あざとい」と言われ、その注目度ゆえさまざまなネタと絡めて語られたし、同人・プロを問わずその注目度の高さに引き寄せられ(中の人つながりでイカ娘の原作者がイラストを自主的に寄稿したりなどした)、要するに大兄達の間で非常に盛り上がった。

そういえば、これはキュアピースだけの話ではないのだが、つい先日そういう風にスマプリをネタにする大友に対して監督が
「本編映像でコラ画像作られると、こっちもやりにくいし親とか子供とか見たら大変なことになるから勘弁してね!」
と警告していた。

実際本編を元にした18禁まがいのコラ画像は大量に作られてネット上に横行しているし、特に注目度の高いピースなんかは、臆せずに言うと、「ピース」というタームと結びつけてアヘ顔ダブルピース状態(知らない人はググろう。ただし18歳以上に限る)のキュアピースのコラ画像ももちろん作られたし、コラでなくてもピースの18禁絵(スレスレのも含む)はそれはもう頭を抱えるくらいに描かれた。
こればっかりはネット上で注目されたアニメの宿命みたいなものだが、ご存知の通りプリキュアの対象年齢は園児~小学校低学年の女児である(一部で20代~30代の男性もターゲットであるとされているがソースとなる画像の信憑性は疑わしいし、そもそも本当だとしても子持ちの父親向けだろう、常識的に考えて)。これらの良識を疑うエロ画像の氾濫にはさすがにネット上ですら一部で苦言が呈されている。また再び誰かに「大きなお友達」呼ばわりされるつもりか?という話ではある。


さて、回が進むにつれて他キャラの人気も順調に出てきているわけだが、黄瀬やよい(キュアピース)というキャラに対する大友の注目度は依然として高いままである。
現在彼女がどのように扱われているかというと、一言で言えば「あざとい」という言葉がまず先に来る。そして、散々ネタにされてきた経緯や中の人の経歴や「あざとい」というタームに引っ張られて、ヲタ向けのテンプレ萌えキャラ扱いされている節がある

この「黄瀬やよい=あざとい位にテンプレ萌えキャラ」という認識に対して、自分はかなり疑問を持っている。
一応歴代プリキュアシリーズを全部視聴済みのプロ幼女見習いである自分が思うに、それはむしろ逆で、黄瀬やよいというキャラはシリーズの中でも群を抜いてスタッフに感情移入され、かつ意図的にリアリティを追求しているキャラだ。

まず第一に、黄瀬やよいというキャラは絵が得意という設定である。そして、それを仲間たちに褒められると「他にも絵が上手い人いっぱいいるもん」と言って、その後様々なタイプの「絵が上手い人」が出てくる場面がある。
自分はキュアピース初登場回におけるこの場面に対して「やけに生々しい描写だなぁ」という印象を持ったのを覚えている。これ、同じく絵描きであるアニメ関係者が最高に感情移入してこういうキャラ設定にしたんじゃないか?とすら思えた。考えすぎかもしれないが、5辺りの手抜き脚本だと「黄瀬さん絵が上手いじゃない!」からいきなり「そうかなぁ、自信ない・・・」となってもおかしくない感じである。
もっとも、これは脚本が自分で具体性を伴った描写をしたことを単に褒めるべきかもしれない。ただ、監督は以前から黄色プリキュアに対して思い入れを持っており「一番好きなのはキュアレモネード(5シリーズの黄色)」と発言していることには一応言及しておくべきだろう。

第二に、キュアピースになってめでたく仲間になった後の黄瀬やよいの変貌ぶりである。少なくとも出会ったばかりの頃は「泣き虫で引っ込み思案」というキャラでずっと通していたのだが、仲間になるや否や自分の特撮・マンガ好きを過剰とすら言えるくらいに主張しだし、仲間に対する態度も急に馴れ馴れしくなった。ワガママもかなり言うようになったし、引っ込み思案という設定はどこに行ってしまったのか?と疑うほどのウザキャラになってしまった
この変貌ぶりを見て、自分は「あるあるwww」と思ったものだ。読者の人も胸に手を当てて考えて欲しいのだけど、友達がいなくて人と触れ合うことが少なかった人間が急に友達を持ったら一体どうなるか?答えは、友達との距離感が分からないので過度に馴れ馴れしくなって、大人しかった頃とは一転してウザキャラになる、だ。自分の周りにもそういう人間はいっぱいいたから身に覚えがありすぎて笑いが出てくる。
仲間になる以前との落差だけでなく、仲間の中で先陣を切って「○○可愛い!」というのは大体の場合彼女だったり、淫獣が何かやらかしたときにさりげなく一番直情的に「いーけないんだ!」的なニュアンスで責めたり、現実世界の女子に特有のウザさが細部に至るまでこれでもかとばかりに詰め込まれており、彼女の一挙一動をたどるだけでも非常に興味深い。自分がキュアピースを「あざとい」と思うのはそういう意味で、である。
例えば、四月馬鹿でついた嘘が収集付かなくなった時に「マンガの中でならごめんなさいって言える!」と言いながら、黄瀬やよい本人の姿ではなく完全無欠であるプリキュアに変身した姿で謝っている絵を描かせることで彼女の弱さの本質を描写している場面とか、非常に高度な演出だと思う。彼女のこうした諸々の行為を「あざとい」と感じるのは、彼女がこうした弱さを隠蔽し消滅させることに成功したという証であり、彼女のあざとさの主因はこういう女子特有の、弱さゆえの防衛本能である


上記のような理由で、デフォルメされた性格をしたキャラが多い(特にハッピーさん)スマプリにおいて、黄瀬やよいはただ一人異常にリアリティを追及して作られたキャラだ。
と結論付けるのは簡単だが、黄瀬やよいのこういうリアリティの求め方は今までのシリーズに出てきたキャラのそれとは明らかに異質であることに、自分はむしろ注目している。

黄瀬やよい(キュアピース)は、現実世界に存在する女子のウザさを意図的にとことん追求するキャラなのだが、こういうキャラ造形のやり方は危険と隣り合わせである。
あえて人に嫌われる「あざとさ」という方面にリアリティを追求する行為は、度が過ぎるとそのキャラ自体が嫌われてしまう可能性を常に孕んでいるわけで、それがひいては作品全体の汚点になることも往々にしてあるはずだ。あらゆる作品において、嫌われるキャラをわざわざ作るというのは本来ならかなり勇気がいるのであり、歴代プリキュアでもそういう方向でキャラ造形をすることはほとんど無かった。歴代すべてのキャラクターは「視聴者に好かれたい」という意志の下に、ストレートに好かれるための魅力を前面に押し出す形のキャラ造形をもっぱらしてきた。例外として初代は白のビッチ臭さとかが割と前面に出ている気がするが、おそらくドラゴンボールとかエアマスターとかしか作ったこと無かったスッタフが慣れない女児向け朝アニメを作る際に無意識に生まれた作品の粗と言ったほうが良いだろう。あるいは、萌え要素などという思想に疎かった時代のマンガアニメでヒロインが多少ビッチなのは(もともとは「いますって!こういう女は!」という信条でキャラを作るしかなかったから)いたって普通だし、意識しないでヒロインを作ったらこういうキャラになるのかもしれない。ともあれ、ここまで意図的に「嫌なヤツ」を前面に押し出してくるシリーズは他に無い。
監督お気に入りで同じく5色プリキュアのあざとい枠であるレモネードがこれでもかというくらいに「良い子で可愛い」キャラを主張してくるのとは対照的だ。

ところで、5シリーズのキュアレモネードも作り手に愛されているキャラの一人だと思われる。先述のようにキュアピースが作り手の強い感情移入の元に作られたキャラだとしたら、「愛されているキャラ」という言葉の意味もおのずと違ってくるはずだ。
5のレモネードがストレートにキャラの魅力を前面に押し出すことにスタッフが力を注いでいるのに対して、スマプリのピースは「こういう子実際にいるよね?」というところからまず始まってそれを(他キャラとの関わり合いも含めて)丹念に描くことで存在感のあるキャラクターを作り上げることにスタッフが力を注いでいる、とでもいえるだろうか。
もちろん先ほどいったように、一歩間違えると嫌われて作品全体が崩壊する危険性もある。それでもあえてそのような描き方を敢行する辺り、スマプリは実にガン攻めの制作体制だ。シリーズ九年目にしてなおそういう姿勢を見せてくれるとは、ただただ脱帽である。それが感情移入の結果の産物だとしたら猶更だ。普通、並みの凡才が感情移入してキャラを描いたら5みたいに「この子良い子でしょ?」ってなるのだから。

(さらにいうと、「こういう子実際にいるよね?」という裏づけが感じられないから、個人的に5のキャラはイマイチなのだ・・・仮に「こういう子実際にいるよね?」と思ってあの主人公達を描いたのだとしたらそれはそれで作り手はすっげえ性格悪いと言わざるを得ない)


蛇足ながら個人的な印象を付け加えておくと、もし黄瀬やよいが現実に存在したら、いちいちあざとくてしかもそれが通っちゃうしおそらく同性には嫌われるが男には好かれるタイプだろう。
いわば高度に再現されたな嫌なヤツなので、個人的に黄瀬やよいというキャラが好きとは単純に言えない(決して嫌いではないが)。ただ、好き嫌いは別にして、作品の最重要人物だなとは思う。作品に存在感を与える意味でも、彼女とは真逆のキャラ造形をされておりながら互いに仲が良いハッピーさんとの対比的な意味でも。


ps:「中の人の影響もあって」とあったので、まるでイカ娘がテンプレ萌えキャラであるかのように思われるかもしれないが、イカ娘もあれはあれでなかなかテンプレ萌えキャラからは程遠いキャラになったと個人的には思っている。原作も秀作だし水島努氏の解釈も素晴らしかったからこそそういう作品になったと思うが、ともあれ巷の評判に流されて安易にテンプレ萌えキャラ認定するのは少し待ったをいれた方が良いと思う。特に昨今は、そういうところに気を遣った作品も結構多いし。

theme : プリキュア
genre : アニメ・コミック

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かうんたぁ
プロフィール

ごてぃ

Author:ごてぃ
茨城から都内の大学院に通う人
専門は中国近現代文学のはず
文章を書かせると人格が変わることに定評があるらしい
「誰だか知らないけど有名人っぽい」と意味不明な事を言われる
黄昏をこよなく愛する男。

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